ふたつのプレッシャー

世界水泳選手権福岡大会競泳第5日(マリンメッセ福岡)
 京都にいるうちは、テレビもあまり見なかったし、見たとしてもテレビ朝日が一人で盛り上がっているだけだと思っていた世界水泳。チケットを買いに1週間前に行くとほとんどが売り切れで驚いた。結局お目当ての男子100m自由形がある27日は売り切れで、かろうじて残っていた26日のチケットを買い、福岡に乗り込んだ。

 当日、指定席なのに開場の5時より1時間も早くマリンメッセへ到着。あたりをふらついていると高校生の柔道・剣道の大会(金鷲旗・玉竜旗)が開催されていた。暑い日ざしの下、袴姿で竹刀検査のようである。どうもお疲れ様である。

 会場に戻ると人がだいぶ増えていた。配っていたうちわとスタートリストを受け取る。今日は10種目15レース。そのうち決勝レースが5種目で、日本人も4種目に5人が出場する。中にはメダルの期待のある選手もおり、楽しみである。

 時間になって中に入る。Tシャツでも買おうかと思うが、すでに長い列ができていてそうもいかない。プールのほうへ行ってみると、すでに選手が練習をはじめている。今回の席はA指定(席の種類はS指定、A指定、自由席の3種類)で、ゴールと反対側の横側である。ちょうど目の前が表彰台のあるところになる。事前にホームページで調べたときは撮影不可だったと思ったのだが、会場の掲示を見ると「赤外線カメラ、三脚を使用しての撮影は不可」とある。どうやら普通に写真を撮ってもよかったようだ。カメラを持ってこなかったのを悔やむ。

 練習時間が終わると、試合の準備が行われる。場内実況の人が出てきて、会場を盛り上げようとする。そして、前日に審議になっていた女子4×200リレーの最終結果が発表された。前日のこの競技では、ゴール後他のチームがゴールする前に選手がプールに飛び込んだ1位のオーストラリアが失格、リレーの際にスタートが早すぎた2位のアメリカが失格となり、アメリカが抗議したことで最終結果の確定が遅れていた。結局2チームとも失格、会場が大きく沸く。というのも5位に入っていた日本が繰上げで3位になり、銅メダル獲得となるからだ。人の失敗を喜ぶのはバツが悪いが、別に悪いことをしたわけでもないから素直に銅メダルを喜ぼうと思う。

 さて、最初の競技は女子50mバタフライ決勝。結果は本命のインヘ・デブルーイン(オランダ)が優勝したのだが、50mはあっという間に終わるので、最初の競技ということもあいまって、なんだか練習を見ているような感じだった。他のお客さんも同じことを感じているのか、それとも日本人が出ていないということもあるのか盛り上がりが少ない。

 間をおかず次は男子100mバタフライ決勝。ここには、200mで4位に終わりメダルを逃してしまった日本の山本貴司が3コースに登場する。水泳の決勝のコースは、準決勝のタイム順に4→5→3→6→2→7→1→8という順番で決められる。この競技でもメダルの期待のかかる山本だったが、残念ながら4位。またメダルを逃してしまったことで、会場もため息。一番悔しいのは本人だろう。

 次は女子200m個人メドレー準決勝。第1組には佐藤綾音と“ハギトモ”こと人気の萩原智子が1、3コースに登場。萩原は3つ目の平泳ぎまでトップでターンをするが、最後のクロールで逆転され2位。結局トータル5位で翌日の決勝に進んだ(佐藤は14位で準決勝敗退)次の男子200m背泳ぎ準決勝では、橋本公山が登場したが決勝には残れなかった。

 ここで、冒頭に発表された前日の女子4×200フリーリレーの表彰式が行われた。繰り上げ優勝したイギリスの国歌とともに、3つの国旗が揚がっていく。おそらく失格になった2チームの選手たちも今日の出場選手の応援にきていただろうが、彼女らは何を思いながらそれを見守ったのだろうか。本来流れるはずだった自分の国の国歌、あがるはずだった国旗を胸に浮かべていたのだろうか。個人競技なのに、団体競技である、リレー競技の残酷さ。

 続いて女子50m平泳ぎ準決勝。やはり50mはあっという間すぎる。この競技に出場した日本の縄田さなえは16歳の高校一年という。水泳選手は若い選手が多いので、なんだか自分が歳をとったような気がするのがむなしい。ちなみに日本の最年少はバタフライの春口沙緒里で14歳の中学3年。そういえば今回の大会で解説をしていた岩崎恭子も金メダルを取ったときは14歳だった。あのころは自分は13歳で年下だったのであまり何も思わなかったが、世の皆さんがすごい衝撃を受けただろうことはなんとなく想像がつく。

 男子100mバタフライの表彰のあとは、日本の北島康介にメダルの期待がかかる男子200m平泳ぎ決勝である。北島は準決勝タイム2位の5コース。スタートから、北島はすこし遅れ、2コースのブレンダン・ハンセンアメリカ)がちぎって行く。しかし150mのターンあたりから北島が追い上げて、2位以下は誰がどうなったかわからない状態でのゴール(ゴールはプールの反対側なので瞬間はまず分からない)。電工掲示を見上げると、北島は3位。2位とも4位ともコンマ1秒程度の差という大接戦で見事銅メダル獲得。北島もガッツポーズを上げ、日本選手団、観客みんなが大いに喜んだ。

 勢いに乗っていきたい次の競技は女子200m背泳ぎ決勝。日本から出場するのは、“ビジュアルクイーン”とマスコミが騒いでいる寺川綾16歳。直前の某スポーツ雑誌の表紙にもなっていて、確かにかわいいのだが、プールで見ても遠いし顔も見えないしまったく分かりません。その寺川、1コースのスタートから飛ばしてなんと50mをトップでターンする(ターンごとに会場内の電光掲示でタイムが分かる)。予想外の展開に会場全体がどよめくが、結局後半バテて7位からも離された8位だった。まあ若くて怖いものがない選手はこういう挑戦的な泳ぎをしてくれたほうが見てるほうも楽しいしいい経験になるだろう。

 そして、次の競技はある意味で今日の注目競技でもある男子100m自由形準決勝。例の7冠を狙うイアン・ソープ(オーストラリア)と、得意の200mでソープに敗れ雪辱を期すピーター・ファンデンホーヘンバンド(オランダ)が、早くも準決勝で一緒に泳ぐのである。二人はともに第2組。第1組のトップタイム、アメリカのアンソニー・アービンの49秒43が一つの目安となるだろう。

 第2組のスタート、飛び出したのはファンデンホーヘンバンド。それに対しソープは折り返しの50mターンで5位から6位と行ったところ。いくら体力を温存したいといってもちょっとこれでは遅すぎないかと思ったところ、そこから追い上げて結局ソープは48秒96で2位。トップ通過はファンデンホーヘンバンドで48秒57。二人に引っ張られたのか第2組はタイムが上がって、第1組トップのアービンがトータルで5位になるという高速レースだった。(ちなみに、翌日の決勝、勝ったのはアービン。ファンデンホーヘンバンドが2位、ソープは4位で7冠を逃した)

 興奮冷め遣らぬまま男子200m平泳ぎの表彰式が行われた。北島康介が堂々と現れて拍手の嵐である。今日2回目の日の丸が掲げられた。

 次は女子200m自由形準決勝。この辺になってくるとだいぶ観戦にもなれてきた。準決勝ということで、第1組終了後タイムをメモする。トップから1分59秒62、1分59秒73、1分59秒75、そして4着は同タイムで2人、2分00秒37という大接戦である。おそらく2分あたりが決勝8人の分かれ目になるのではないかと推測したところで第2組。こちらの組には日本の三田真希が2コースに登場する。こちらも大混戦で、トップタイムは1分59秒45。三田は2分00秒05で、これもまた同タイムで5位。結果準決勝でのタイムは8位なのだが、同タイムの選手がいるのである。場内ではタイム上位8位の選手が表示され、そこには三田の名前があり、場内実況も三田の決勝進出を告げていて観客は大喜びなのだが、そのあと掲示板には同タイムの選手の名前も表示されていた。たまたまタイムをメモしていたから気づいたのだが、はたしてこういう場合どうなるのだろうか。ふと応援席のほうを見ると、日本選手団の集団も掲示板のほうを見ながら話をしている。やはり気づいたのだろう。しかし場内の大半は三田の決勝進出と信じ、次の競技へと進んだ。

 そしてこの日の最終競技、男子200m個人メドレー決勝。日本からは1コースに森隆弘、2コースに三木二郎が出場する。結果はなんと二人とも同タイムでの5位。勝ったのはマッシミリアーノ・ロソリーノというなんともイタリアンな選手でした。

 このあとは今日行われたレースの表彰式、日本人がいないためか多くの観客が帰り始める。最初の女子50mバタフライの表彰が終わったころにアナウンスが入った。
「先ほど行われた女子200m自由形準決勝で、8位が同タイムだったため、8時半より2選手によるスイムオフを行います」
 スイムオフ、つまり二人だけで泳ぎ、もう一度白黒をつけるということである。どよめく観衆。帰ろうとして引き返す人も出てくる。二つの競技の表彰式もなんだか上の空といった雰囲気である。

 表彰式の後スイムオフまですこし時間が空いた。残っている観客は半分程度。もはや指定席など関係なしにみな前のほうへ集まっている。自分もプール全体が見渡せる中央あたりに移動した。最初は係員も席移動を注意しようとしたが、人が多く無駄だと思ったのか黙認である。三田とスイムオフを行うのはデンマークメッテ・ヤコブセン。応援席にいた日本選手団はプールサイドにまで降りてきた。応援席に残っているのは数人のデンマークの選手・スタッフたち。もちろん観客席はみな日本人である。

 二人が登場すると大歓声が。もちろんそのほとんどは三田に向けられたものである。ヤコブセン選手紹介のときも精一杯の拍手が送られるが、三田の時はそれに加え旗が振られ歓声があがり、コールが起こる。明らかに『敵地』であるヤコブセンはすごいプレッシャーを感じてるだろう。そして、三田もヤコブセンとは違った形の大きなプレッシャーを感じているに違いない。そしてたった二人のレースがスタートする。

 100mの折り返し地点までは、ほとんど二人とも並走状態だった。そこから三田が少し遅れ始める。レース中かたときも止むことのない三田への声援がさらに大きくなる。しかし結果はヤコブセンが体ひとつぐらいの差をつけゴール。大きなため息が一瞬もれた後、勝者に、そして敗者にも大きな拍手が送られる。

 ただでさえプレッシャーがかかるであろうスイムオフ。その二人には、一方で孤独、一方は期待という異なるプレッシャーが大きくかけられた。どちらのほうが楽なのかは比較できないだろう。しかし、自分のほうが相手よりプレッシャーが大きい、と思ってしまったら負けである。自分のほうが有利だと信じることが強さというものではないか、ということを感じさせてもらった。本当の心の中までは分からないが、二人ともそれぞれのプレッシャーを感じながら、全力を尽くしたいいレースだった、と僕は勝手に思いたい。