シューマッハの笑顔の理由

かくして、05年のサンマリノGPは後世に語り継がれる可能性のあるGPとなった。
放送中に紹介されたアロンソのコメントシューマッハが引退する前にタイトルを獲らないと意味が無いんだ』。その意味を一番知っているのは、当の本人であるシューマッハに違いない。
デイモン・ヒルジャック・ヴィルヌーヴミカ・ハッキネンシューマッハ相手にチャンピオンを獲ったドライバーはいるが、しかし結局のところフェラーリというチームを成長させたシューマッハを超えるほどではなかったのは、その後の前人未到の5年連続チャンピオンが証明している。ミハエルには共に時代を築くライバルに恵まれず、孤高の"皇帝"というイメージが付きまとう。
シューマッハベネトン・フォードで初のチャンピオンを獲ったのは94年。前年までは通算2勝で期待の若手だったシューマッハは、開幕から見事な2連勝を飾る。ここまでは今年のアロンソの立場と似ている。しかしあの第3戦、アイルトン・セナがクラッシュしそのまま帰らぬ人となってしまった。超えていくべき相手を失ってしまったシューマッハ、結果的にはヒルと1ポイント差のチャンピオンだったが、2戦の失格と2戦の出場停止を除く12戦中、優勝8回・2位2回(リタイア2回)という凄まじい強さを見せつけ皇帝への道を進み始めた*1
セナが生きていたとして、シューマッハに勝てたか、それは分からない。セナが2戦連続でリタイアしていたことを考えると苦しかったかもしれない。しかしあくまで『if』の話である。最も倒したかったセナを失ったシューマッハは、そのままずっと孤独に勝ちつづけ、数々の記録を塗り替えることで見えない過去のドライバーと戦ってきた*2。94年にセナ34歳、シューマッハ25歳。そして今年シューマッハ36歳、アロンソ24歳。奇しくもセナの眠るこのイモラサーキットで、アロンソシューマッハを抑えきった。自分を超えていくかもしれない存在の出現。シューマッハがレース後、負けたにもかかわらず嬉しそうだったのは、F2005の手応えがよかったからだけではないに違いない。

*1:しかもスペインGPの2位は、ギヤトラブルで18周目以降を5速のみで走りきったのである。あの驚きは今でも忘れられない

*2:決して破られないだろうと言われたセナの持つPP65回も今年で塗り替えるだろう(現在63回)